教室紹介
神戸大学眼科学教室は約20人の教室員が診療、教育、研究に携わっています。当教室は外来だけでも一日平均200名の来院数があり、年間の手術件数は1000件を越えています。手術の内訳も約60%が硝子体手術、緑内障手術、角膜移植、眼腫瘍、眼窩手術などの難治性疾患に対するものが多くなっています。また、大学院生を中心に眼科領域の研究に従事しており、研究においても大きな成果を挙げています。
教室沿革
初代教授:井街譲(昭和22年~48年)

この間、昭和32年には第61回日本眼科学会総会宿題報告「慢性球後視束炎の原因の究明並びに髄液循環障害の視束機能に及ぼす影響に就いて」、昭和42年には第71回日本眼科学会総会宿題報告「頭部外傷による視神経障害」、昭和47年、第26回日本臨床眼科学会特別講演「球後視神経炎の臨床」、昭和48年、第77回日本眼科学会総会特別講演「レーベル氏病」と担当し、我国での神経眼科の草分け的役割をはたしました。
当時、井街教授は、視交叉クモ膜炎、視交叉近傍腫瘍の我国での第1人者であり、神戸大学眼科病棟のほとんどは、全国、時には海外から紹介されていました。教室員は、井街教授の指揮の基に、眼科医であると共に、一流の脳神経外科医としての自覚をもって頭蓋内手術、術後管理を行っていました。
この様な教室員の中から、第2代諌山教授、第3代山本教授、そして兵庫医大・下奥教授、滋賀医大・可児教授、川崎医大・田淵教授が育ちました。
井街教授は、1000例を越す開頭手術による治験成績を残して昭和48年3月に退官し、この間、97名の門下生が神戸大学眼科学教室員として育ちました。そして現在も神戸大学・兵庫医大の名誉教授として活躍しておられます。
二代目教授:諌山義正(昭和48年~59年)

就任当時、教室には人数は少ないながら、充実したスタッフが診療・研究と活躍していました。新入医局員はまず2年間の臨床研修の後、関連病院へ出ての一層の臨床研修か大学院に進学しての基礎・臨床研究かの道を選択しました。大学院生は、生化学、病理学、生理学的な研究手法をまず基礎的に学び、そのうえでこれを眼科の研究に応用し、実践していくということになり、当然、眼科的な研究では視神経疾患と緑内障およびそれらをサポートする意味での病理学・生化学・生理学的基礎研究がテーマとなっていました。
また、臨床においても、神経眼科外来、緑内障外来をはじめとして、ブドウ膜外来、糖尿病外来、網膜外来、眼球突出外来などの特殊外来が設置され、スタッフと大学院生を中心とした専門的なアプローチができるように外来診療を構築されました。
研究の面では、諌山教授は就任の翌年に日本神経眼科学会の理事、さらに翌年に日本眼科学会評議員となり、積極的に神経眼科の研究を進め、昭和52年には第15回日本神経眼科学会を主催、国際神経眼科学会(INOS)等にて講演し、世界的にも評価されました。昭和56年の第85回日本眼科学会総会特別講演では、ライフワークである「視神経疾患の診断と治療」について講演を行い、翌年には神戸で第36回日本臨床眼科学会を主催しました。
視神経症の際の視野の詳細な知識を元に、眼底直視下視野計での解析、視神経障害時の網膜神経線維の解析、トルコ鞍部腫瘍の視野変化の解析、緑内障初期の視野変化の解析、外傷性視神経障害の視野の臨床的解析などと豊富な臨床症例を対象とした数多くの原著を発表、また虚血性視神経症のうちで診断が難しいとされていた後部虚血性視神経症の診断基準をまとめ、神経眼科臨床の基本となる業績をあげられました。
三代目教授:山本節(昭和59年~平成11年)

研究室の設備も molecular biology の導入により様変わりし、培養室も設置されました。なお、研究棟は老朽化が進んだため、平成6年に新築・移転しました。
手術事情も大きく変遷し、昭和60年代から平成初期にかけては、白内障手術が嚢内から嚢外、眼内レンズ、さらに超音波手術とめまぐるしく変化して行き、それらのための設備の充足になりました。当院では平成4年に超音波乳化吸引装置がようやく使用可能となりました。平成5年には白内障症例の半数以上を超音波で行いました。硝子体手術も最近の適応の拡大とともに増加しつつあります。なお、平成5年6月には兵庫アイバンクが発足し、事務局が当教室内に設置されました。
四代目教授:根木昭(平成12年~平成25年)

根木先生は、大学院・スタンフォード大学御留学中に電気生理、網膜接着の研究を精力的に行われる一方、天理よろず相談所病院の部長として、主に緑内障・網膜硝子体疾患の診療・手術に携われました。このようなご経歴から、神戸大学着任後は、自ら多数例の執刀を行う一方、数多くの教室員の手術指導をされ、神戸大学眼科に新しい風を吹き込まれました。教室員に対しては、研究テーマの強制はせず、自由闊達な医局の空気が醸成され、世界的レベルの研究成果となって結実していきました。
根木教授在任期間には、新臨床研修システムが導入され、その結果入局者数が大幅に減少し、関係病院の数も縮小せざるを得なくなるような局面もありましたが、診療・研究面においては、小切開硝子体手術の導入、PDTや抗VEGF硝子体注射の普及、光干渉断層計の臨床応用等、眼科学の著しい発展に呼応して、あらゆる眼科分野においてオピニオン・リーダーとなる人材を数多く輩出されました。
任期後半には、日本眼科学会理事長(平成21年~ 23年)、神戸大学医学研究科長(平成23年~25年)という内外の要職に就かれ、日本の眼科学そして神戸大学医学研究科に対して多大な貢献をされました。その超多忙の合間を縫い、第31回日本眼科手術学会特別講演(眼科手術の功罪 -合併症軽減に向けての検証-)、第19回日本緑内障学会では須田記念講演(小児緑内障の診断と治療)、第15回日本網膜硝子体学会では盛賞(網膜の接着と剥離)、そして第116回日本眼科学会では特別講演(視神経疾患の新しい展開)をご担当され、日本眼科学会会員に深い感銘を与えられました。
平成25年5月15日から、神戸大学理事・副学長に就任されました。